6『少女を知る者』



 人間関係というものは不思議なものだ。
 その絆を繋げていくと巡り巡って元の人間に戻る事がある。

 人は和にして環、即ち円となりて縁と為す。
 これは人の言葉だが、言葉とは旨く出来ているものだ。

 人々の絆は網のように広がり、境を渡り、海をも渡る。

 ふと隣にいる人も、どこかで自分と繋がっているのかも知れない



 道中、黙って歩くのも野暮なのでリクは彼女にいろいろな質問をした。

「連れってのは男なのか?」

 ふるふる、と首をふる。ノー。

「女か。美人か?」

 こくり、イエス。男が美人と言うのは、人に寄ってバラバラだが、女が美人と認めるならば、それはハッキリと美人なのに違いない。

「背は? 俺より高いか?」

 こくり、イエス。リクの身長は平均的で、百七十と少し。それより高いのだから、連れと言う女は、このファトルエルではともかく、女としては相当背の高い部類に入る。
 ちなみにファルガールは百八十を軽く超える巨漢だ。

 背が高い美女。人間として一番目立つ容貌である。
 それならば、彼女が知っているところからその女が動いたところを出くわしても簡単に見つかるに違いない。
 実のところ、彼女の連れが入れ違いになったらどうしようかと危惧していたが、そんな心配もなさそうだ。
 その安堵と同時に、彼は殺気を感じた。

「この野郎! フィリーから離れんかい!」

 その叫び声とと同時に、飛んでくる飛び蹴りを間一髪で受け止める。

「な、何だ、てめーは!?」

 それは、見た目は眼鏡をかけている真面目そうな男だった。しかし使う言葉は、彼の風貌からは想像できないくらい片寄った方言だ。

「女にテレテレしとる割には、よう俺の蹴りを受け止められたのう」
「お、女にテレテレぇ?」

 どうやらリクはさっき彼自身が蹴り飛ばしたナンパ男と同じように思われたらしい。
 あれと同じにされたのだから、これは実に不名誉かつ腹立たしい事だった。

「ふざけんじゃねーよ。俺はこの娘を連れの元まで送ってやってる途中なんだっつーの!」
「よう言うわ。フィリーがブスやったら送ったらんかったんやろうが! それがテレテレしとるっちゅーねん!」

 更に言い返す眼鏡男の言葉の中の一語にリクはぴくりと反応を示した。

「フィリー?」

 そう言えばさっき飛び蹴りをかます時にもそう叫んでいた。

「この娘、フィリーってのか?」
「せや! 本名フィラレス=ルクマース、通称フィリーや! 何ぞ文句あるんかい!」
「いや、全然」

 リクは今まで名前を聞きたくても聞けなかったのが、思わぬところで判明したのでいままでナンパ男扱いされた怒りは収まり、落ち着きを取り戻した。

「ともかく! フィリーから離れェ!」と、今度は拳を繰り出してきたが、リクはそれを軽やかに躱すと、何ごともなかったかのように尋ねる。
「お前、ひょっとして、この娘の連れも知ってるんじゃねーか?」
「知らいでか、名はマーシア=ミスターシャ! “冷炎の魔女”ゆうてエラい有名なんやねんで」

「マーシア=ミスターシャ、“冷炎の魔女”ね」と、復唱して確認すると、もう一つ尋ねた。
「ところで何であんたはこの娘の名前とか連れとか知ってんだ?」
「おんなし魔導学校の生徒やからや!」
「同じ魔導学校? それじゃ二人とも魔導士か」
「せや」と、男はえっへん、と胸を反らせて見せる。

 リクは魔導学校に実際行った事はない。
 しかし、その存在はファルガールから聞いて知っている。魔導士が選ばれ、育ち、その魔導をもって世界の為に働くところ。
 生徒、教員、研究員に魔導技術者、それらの魔導士の質は世界最高峰といわれ、そして研究所で開発される魔導技術は常に世界の最先端を行く、世界の担い手。
 入ろうと思って入れるところではない。つまりは魔法に関するエリート達の巣窟である。

「で、あんたの名前は?」
「カーエス=ルジュリスや。今回の大会の優勝者の名前やで。よう覚えとき」
「大会? ……ああ、ファトルエルの決闘大会のことか」

 さっきコーダから得た情報を思い出す。

「お前は大会に出るのか、へぇ……で、優勝ってか? これまた随分な自信だな」

 その驚きには別の人物が答えた。

「自信は大切だ。少しでも自分に疑いを持てば全力は尽くせない」

 いつの間にかカーエスの背後に別の人物が来ていた。
 その人物は、威厳と言うものに満ちあふれ、見ただけで、カーエスやフィラレスが所属していると言う魔導士養成学校の教師だと分かる。
 その男の持つ雰囲気はリクに、てこを使っても動かす事が出来ない、固く、重い巨大な岩石を連想させた。

「カルク先生!」と、カーエスがその男の名を呼ぶ。
「少年、私の弟子が失礼した。どうか許してやってほしい」と、カルク、と呼ばれた男が頭を下げる。
「ああ、全然、謝ってもらうほどの事じゃねーし」

 口には出さなかったが、リクはむしろ少年と呼ばれた事の方が気になった。

「ありがとう。私はカルク=ジーマン。カーエスに魔導を教えている者だ」と、カルクは彼に手を差し出した。
 それに応えて、彼も手を出し、握手する。

「俺はリク=エール。一応、魔導士だ」
「魔導士? それは誰かに教えてもらっていたのか?」

 魔導というものは独学で何とかなるものではない。
 元祖の魔導士が魔導を発見して以来、それは人々に伝えられ、伝えられた者がさらにそれを磨き、その成果を次の世代に伝える。
 こうした伝道と切磋琢磨の積み重ねによって現在の魔導理論がある。
 だから我流でも魔導の基本は最低誰かに教えてもらわなければならない。

「ああ、一応師匠がいる。ファルガール=カーンって奴なんだけどな」と、リクが答えると、固い表情をしていたカルクの顔色が変わった。
「ファルガール=カーン……!? この街にいるのか!?」
「ファルの事知ってんのか?」

 リクは今までファルガールと旅をしていても、オウナ達を除くと、全く彼を知る人物と会わなかったので、まさか知っているとは思わなかった。

「ああ。十五年前の決闘大会を見ていた人間はみんな彼の事を知っているよ。何しろ優勝して最強の証をもらった男だ」
「最強の証?」と、リクが聞き返すと、カルクが静かに頷いて続けた。
「それは代々ファトルエルの大会の優勝者に渡されるものだ。しかし私は彼こそ、その証が相応しいと思っている」

 へえ、とリクは感嘆の声を漏らす。
 今まで自分の中で何度となくファルガールにいろいろな評価を下してきたが、こうして第三者からファルガールの評価を聞くのは初めての事である。
 しかも、その評価はかなり良かったので、彼はとても嬉しく思った。

 しかしその喜びの中で、少し引っ掛かるものを感じる。
 最強の証についてである。彼はそれをどこかで聞いた事があった。

(はて、どこだっけな……?)

 しばらく考えてみたが思い出せない。気がつくと、三人が急に黙り込んでしまったリクを注視していた。

「どうかしたのか?」

 カルクに尋ねられて、リクは連れていたフィラレスのことを思い出した。会話に夢中ですっかり忘れていた。
 ファルガールを知っていた事もあり、フィラレスとも知り合いらしい。この二人になら任せても大丈夫だろう。

「なあ、俺は今、この娘をマーシアって人のところに送ろうとしてるところなんだけど、実はファルと待ち合わせをしてるんだ。良かったらあんたらが送ってくれねーかな? フィリーも知ってる人の方がいいだろうし」
「とーぜんや。まかしとき」と、カーエスが、フィラレスに一歩近寄ったが、それをカルクが引き止めた。
「いやダメだ、カーエス。我々には行かねばならないところがある」
「へ? じゃ、フィリーどないしますの?」

 間の抜けた返事を返すカーエスに、カルクは答えず、その代わりにリクに向き直って言った。

「リク、と言ったな。悪いが君がフィラレスを送り届けてやってくれないか。それにおそらく、フィラレスを送っていってもファルガールを待たせる事はないはずだ」
「ん? あ、ああ。構わねーけど」

 リクは一応返事したものの、カルクの言葉の後半部分が理解できない。

「ありがとう。じゃあ、頼む。行くぞ、カーエス」
「え、あ…はい」

 カーエスは戸惑ったまま踵をかえしたカルクの後についてゆく。
 リクとフィラレスはこの後しばらく二人を見送っていたが、カーエスは幾度となくこちらを振り返った。
 そしてリクはフィラレスを見て言った。

「じゃ、行くか」

 フィラレスはこくりと頷き、二人はまた歩き出した。

「しかし、あのカーエスって奴、賑やかだったなぁ。別れたとたんに静かになっちまう。あのカルクって教師もファルの事知ってたらしいけど、どんな関係なんだろうな。考えてみりゃ、俺ファルの昔の事全然知らねーよな。今度聞いてみるか」

 リクは何か喋らなければと思い、取り敢えず考え付いた事を次々と口に出す。しかしだんだん疲れてくる。
 相手も何か反応してくれれば、そこから連想出来て次の話題が浮かぶところが、全く無い為、話題をひねり出すのが大変になってくる。
 ネタが尽きかけ、話が途切れかけたところでフィラレスが突然足を止めた。

「どうかしたのか?」

 答えの代わりに彼女はすっと通りにある自分達が目の前に来ていた建物を指差した。

「ああ、そこにいるのか」

 こくり。イエス。
 その建物をじっくり見てリクは、本日この街の店の値札を見て以来の衝撃を感じた。

「つ、連れがいるところって、ここかぁっ!?」

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